日本舞踊家 西川流総師

西川 右近

Ukon Nishikawa

 

「名古屋をどり」のすべてを演出・プロデュース

1939年、二世家元・西川鯉三郎の長男として名古屋に生まれる。

3才で初舞台、56年より西川右近の名で本格的に舞踊家として活動開始。藤間流宗家・六世藤間勘十郎に師事。日本舞踊の振付、出演、指導等の活動の他、ラジオ、テレビ、新聞など幅広く活動する。

62年、自作の「八重山椿」で名古屋演劇ペンクラブ賞を受賞。82年、愛知県文化選奨文化賞を受賞。83年、西川流三世家元となる。84年名古屋・御園座にて「西川右近、三世家元継承の会」を開催。特別参加として歌舞伎界、舞踊界から多くの名人、家元が出演。

84年初の「名古屋をどり」アメリカ公演を行う。88年にもブロードウエイのプロモーターの招聘を受けアメリカ大陸横断ツアーを行う。85年モナコ公国王室主催の舞踊会に出演。85年、(財)西川会を設立。2001年、文部大臣表彰。 2005年愛・地球博前夜祭セレモニー「交響 絵巻源氏物語十二支」(音楽・冨田勲)を振付、6月にはEXPOドームにて日本舞踊公演をプロデュース。2006年はオペラ綾の会を指導。

西川流最大行事である長期の舞踊公演「名古屋をどり」は1945年より毎年秋に開催される。舞踊の大衆化を目指したこの公演は、古典のみならず創作舞踊劇の発信基地として全国に知られている。右近は第34回より先代より主宰を引き継ぎ、毎年、新しい舞踊劇を発表。意欲的な活動を続けている。

2007年「日本舞踊を運動に」ということで、中京大学体育学部長・湯浅景元教授と組んで、和のフィットネス「NOSS」を考案。NOSSは日本・おどり・スポーツ・サイエンスの略。発表とともに厚生労働省の支援事業として長崎、福岡、岐阜、三重、愛知、の五県下で開催。各地とも好評を得て、引き続き2008年も続行される。また、この運動の為に西川流の舞踊家だけでなく、広くフィットネス界や、健康運動指導士の中にも浸透されつつある。

 

 

1939年6月4日

西川流二世家元、西川鯉三郎の長男として生まれ3才で初舞台。

1956年

西川流名取試験を受け、西川右近を名乗る。本格的に舞踊家として活動開始。藤間流宗家、六世藤間勘十郎に師事。

1962年

自作・作舞の「八重山椿」で名古屋演劇ペンクラブ賞を受賞。

1981年

第34回より「名古屋をどり」を先代から引き継ぎ主宰者となる。

1982年

愛知県文化選奨文化賞を受賞。

1983年9月

西川流家元を継承。

1984年3月

「西川右近、三世家元継承の会」を名古屋、御園座にて開催。特別参加として歌舞伎界から中村勘三郎、尾上松緑、尾上梅幸、尾上菊五郎、中村勘九郎らが出演。舞踊界から藤間勘十郎、藤間康詞、西川扇蔵、花柳寿輔、尾上菊之丞、音羽菊蔵、工藤扇寿、赤堀加鶴繪らが出演。

1984年11月

「名古屋をどり北米公演」 を行う。

1985年3月

モナコ公国キャロライン王女主催の舞踏会に出演。

1985年8月

(財)西川会設立。理事長となる。

1986年2月

「西川右近の会」を東京、国立大劇場にて開催。

1986年2月

「西川右近の会」を東京、国立大劇場にて開催。

1988年4月

ブロードウエイのプロモーター、ハロルド・ショウの招聘で(財)西川会主催「名古屋をどりアメリカ公演」を行う。

11月

「'88西川流家元~西川会」を歌舞伎座にて主催。

1990年11月

第2回「西川右近の会」を国立大劇場にて開催。

1997年9月

第50回記念公演名古屋をどりを迎える。

2001年12月

文部科学大臣表彰

2004年4月

中京大学体育学部教授、湯浅景元と踊りと健康の融合を目指した「Noss」をスタート。

2005年4月

愛知万博に参加。

2006年11月

北海道札幌市で「西川会」を開催。

2007年3月

西川流三世家元継承25年を迎える。名古屋市内のホテルで「全国大会」を開催。

書き下ろし時代小説、「兄者~義経の怨霊」を出版。

9月

第60回記念名古屋をどりを迎え、市川笑三郎が特別出演。

2009年9月

二世西川鯉三郎生誕100年。第62回名古屋をどりを開催

2010年2月

三重県桑名市で「三重県西川会」を開催。

3月

エッセイ集「にんげん見本帖」が集英社より発売。

4月

「二世西川鯉三郎生誕100年と西川右近古希を記念する会」を開催。